毎年4月になると花見に出かける。
去年は大阪城公園に出かけたこともあり、今年は久しぶりに京都円山公園に
出かけることにした。
夜は酔っ払いも多く、喧騒の慌しさが苦手で、花見には昼間に行くことにしている。
八坂さんの鳥居をくぐると、左右に道が分かれていて、私はいつも左側を通る。
別に左利きだからというわけではない。
癖というか、習慣というか、左側通路にあるお化け屋敷が健在かどうかを確かめる
習慣がどうもできているようだ。
居並ぶ出店の中には、定番のものもあれば、インド料理の出店まである。
こういうところにくると、足取りもゆっくりとしたものになる。
桜にデジカメをむける観光客を避けながら、ゆっくり歩を進めると
円山公園にでる。
いつも行く店の縁台に腰をかける。
席料は取られるが、その分昼間から縁台に腰を据えて酒を飲む人も少ないので、
ゆっくり桜を愛でることができる。
おでんなどをつつきながら瓶ビールを飲む。
桜の花びらがテーブルの舞い落ち、贅沢な一時に花を添える。
この店で好きなメニューがある。
ホルモンフライ。
ミノやレバーなどのホルモンをフライにして、ソースをかけたもの。
これが好きなのは、味だけではなく、思い出を懐かしめるからだろう。
幼き日、祖母に連れられて、七条の露地奥にいくことがたまにあった。
祖母に言わせると、腕のいい針灸の先生がいるらしく、電車とバスを乗り継いで
通うのだ。
今から思うと、いくら腕がいいからと言ってよく通ったものだと思う。
かく言う私も、祖母が針に行くと聞けばよく付いて行ったのだが・・・。
祖母は帰りにいつも立ち寄るところがあった。
車も入れないほどの道幅の露地に小さなフライ屋さんがあった。
肉屋のコロッケコーナー程度の店だが、
祖母はいつもそこに立ち寄り、決まってホルモンフライを注文した。
ソースをかけてもらい、爪楊枝で食べる。
この揚げたてのフライがたまらなくおいしく、これが楽しみで付いて
行ったものだ。
ひょっとしたら、祖母もこのフライが楽しみで通っていたのかもしれない。
もうかなり前になるが、円山公園のこの店で、初めてホルモンフライを
食べた時、あの幼き日の思い出が浮かび上がったのを覚えている。
それ以来、円山公園に行けばホルモンフライを食べてしまう。
桜の花びらを瞳に映し、小さな思い出に胸を温め、
爽やかな春風に吹かれていると、
日頃くすぶっているものまで吹き流してくれるようで・・・。
季節を感じ、自然に触れること・・・それは
心の新陳代謝を促してくれることなのだろう。
体の新陳代謝は鈍りつつある年代にあって、
せめて心の新陳代謝は繰り返していきたい。
季節を感じ、自然にふれて・・・。
投稿者: 岩もっさん 日時: 2009年04月13日 | パーマリンク | コメント(0) | トラックバック(0)
豚の角煮といえば、柔らかくトロトロなのがたまらない。
時間をかけて煮込むことで生み出される。
熊本の豚骨は球磨焼酎でじっくり煮込まれる。
沖縄のラフティーは泡盛でじっくり煮込まれる。
名前は違えど、時間をかけてじっくり煮込まれることで、
あのトロトロ感を生み出してゆく。
豚の角煮の味付けといえば、大抵は醤油と砂糖で甘辛くこってりと
仕上げられる。
これは、豚肉の脂に負けないためのもの。
このこってりとしたタレと脂がたまらない。
ご飯にも良し、酒との相性もまた良しである。
カラシを添え、白髪ねぎを天盛りに、菜の花の塩茹でを付け合せれば
彩りも美しく、食欲もそそるというもの。
京都は先斗町のとある料理屋。
値のはる料亭が居並ぶ先斗町にあって、工夫された料理を
リーズナブルな値段で提供してくれる。
この店で必ず注文するのが豚の角煮。
というより、この店の豚の角煮を食べるためにこの店に行く
といったところか。
深めの器に透き通ったお出しがはられてあり、
その中央に肉の塊が鎮座している。
天盛りの白髪ねぎをお出しによけて、肉にはしを入れると、
ぼろぼろと崩れてくれる。
その崩れた肉片をお出しと一緒に口にいれる。
見た目以上に濃厚な味わいが口の中にひろがる。
豚の角煮に持っていた先入観を一蹴してしまう。
奇を衒うわけではなく、お客様に最も美味しいと思う形で提供する。
先入観にとらわれることもなく、柔軟な発想で最も良いと思われる
形を作っていく。
これからの時代、
こうした発想がどんどん必要になっていくだろう。
これからの自分も見つめなおしていきたい。
投稿者: 岩もっさん 日時: 2009年03月11日 | パーマリンク | コメント(0) | トラックバック(0)
バレンタインデーにチョコレートを贈る習慣は、
チョコレート業界の営利的策略という説があるが、
今や女性にとって特別なイベントとなっている。
今年は逆チョコが流行っているとか・・・。
日頃チョコレートを食べる機会もあまりない私も、
バレンタインにチョコレートを頂くとやはり嬉しいし、
それが大切な人からのものならば尚の事嬉しいものである。
バレンタインが近付くと、姪の依頼でチョコレート作りを
手伝うことがある。
料理のことや恋愛のことではあるが、いくつになっても頼りに
してくれることは嬉しいものである。
市販のクッキー生地をこねて、ハート型に型抜きしオーブンへ。
チョコレートはコンビニで板チョコと小枝(昔から親しんだ小枝の
ようなチョコ)を購入。
板チョコは湯煎で溶かし、焼きあがったクッキーに丁寧に塗り、
冷凍庫に入れて冷しておいたトレイに並べ乾かしておく。
これでまず一品。
余分に焼いておいたクッキーを砕いて、残りのチョコレートをからめ、
氷を敷いたボールでこねている内に、適度な固さになったところで、
一口大の団子状に取り分ける。
小枝を砕き、チョコ団子の表面に満遍なく付け、手の平で再び団子状
に仕上げる。
これでトリュフチョコレート風が完成する。
あとは、チョコクッキーと取り混ぜながら、英字新聞と透明ラップで
ラッピングすれば、ちょっとおしゃれな簡単バレンタインチョコが完成
する。
リボンはゴールドと赤の2色使いでバラ状に結びたい。
気持ちを伝えるのは言葉だけではない。
物で伝えることもあれば、態度や行動で伝えることもある。
好きだからこそ、素直になれないこともあるだろう。
好きだからこそ、そっけない態度をとってしまうこともあるだろう。
でも、せっかくのバレンタインデー。
素直な気持ちで思いを伝えてみてはいかがでしょうか。
大切な人に贈る“気持ち”のプレゼント。
皆さんにとって、心温まるバレンタインデーでありますように。
投稿者: 岩もっさん 日時: 2009年02月13日 | パーマリンク | コメント(0) | トラックバック(0)
今日2月3日は節分の日。
毎年変わる恵方(今年の方角は東北東)に向かって
太巻きを丸かぶりして、豆まきをする。
元々、節分の行事は宮中の年中行事で、
平安時代から行われている「追儺(ついな)」から生まれた
ものらしい。
近代に入りこうした行事が廃れ、
節分当日の夕暮れ、柊の枝に鰯の頭を刺したものを戸口に立てておいたり、
豆まきをしたりするようになった様だ。
小学生の頃、節分には学校でもそれなりの行事があり、
工作で鬼の面などを作ったものだ。
作った面をかぶりながら下校したことを覚えている。
夕食は決まって恵方巻だった。
巻きすだれに海苔を敷き、手の平でサイドに壁をつくりながら
すし飯を広げていく。
ピンクの佃鮒を敷いて、かんぴょう、椎茸、玉子、きゅうり、かまぼこ
などの具材を中央部から手前側に並べて一気に巻き込む。
巻きすだれを押し出し巻き上げる。
この時、細巻の場合はきゅっと締め付けて成形するのだが、
太巻きはすし飯の量も多く、海苔が締まりやすいので、
きつく締めすぎると、しわやひびわれ等をおこしやすい。
こうして母は次々と巻いていくのだが、これは家族の分であって、
最後に私専用の海苔巻きを作ってくれる。
食の細かった小学生の私は太巻きを食べきれなかったため、
刻んだみぶ菜の漬物に鰹節をかけ、しょうゆで調味した漬物を具材に
細巻を私専用に巻いてくれていた。
ちなみに2歳年下の妹は太巻きを食べていた。
夕食時間になると、
「今年はテレビの方を向いて食べなさい。喋ったらあかんよ。」
と言われながら海苔巻きを手渡される。
左利きの私は右手で底をつくり、左手で海苔巻きを支えながら食べる。
日頃、食の細かった私も、この漬物の細巻が大好きで、
いつも2本食べていた。
漬物好きは今も変わらず、必ず食卓には漬物が並ぶ。
母は、手を変え品を変え、私に食べる喜びを教えてくれていたのだろう。
おかげで今となっては、育て方を間違ったと後悔させてしまっている。
昔は近所でもあちらこちらで、豆まきの光景を目にしたものだ。
「鬼は外、福は内。」
よくこの掛け声を耳にしたものだ。
最近、そんな光景も少なくなってきたと思う。
家の間取りも変化し、縁側などもなくなり、生活スタイルも変化していく。
変化のサイクルも激しくなったこの時代にあって、仕方のないことかも
しれないが、こうした昔ながらの風習が廃れていくことに、
一抹の寂しさをかんじる。
あの漬物の海苔巻き・・・。
食べたくなったな〜。
シンプルながら懐かしい味・・・。
今夜は実家に帰ってみようか・・・。
投稿者: 岩もっさん 日時: 2009年02月03日 | パーマリンク | コメント(0) | トラックバック(0)
最近でこそ正月でも店は開いていて、特別困るようなことはないが、
以前は正月になると店も閉まるので、
正月用に肉や魚、おせちの材料からお菓子に至るまで、
年末から食材の買い込みに忙しかった。
子供の頃、年末になると、母のお供で七条の中央卸売市場まで
正月用の食材を買い込みに行ったものだ。
正月になると、親戚やご近所が集まる家だったこともあり、
その品揃えと量は大層なものだった。
クリスマスが終わり、冬休みに入ると正月を迎える準備が
本格化する。
よく大掃除を手伝わされたが、うまく抜け出しては近所の友達と
田んぼでゲイラカイト(昔流行ったビニールの凧、私は白の大きな
眼の描かれたものを持っていた。)を揚げて遊んでいた。
本格的におせちに取り掛かると、祖母と母は阿吽の呼吸なのか、
口数も少なく手際良く立ち回りながら次々と作り上げていく。
煮しめも一品一品別鍋で煮しめられ、数種の煮しめが一品ずつ
器に盛られていく。
大鍋に酒と醤油を一升瓶のまま回し入れ、
砂糖も目分量で適当に入れているように見えるが、
それでいて食材によって配合を変えてある。
味見は菜箸を軽くなめるだけ。
今でも自分で煮しめを作る時、適当に入れているようで
一発で味が決まった時は、我ながら天才だと思うことがあるが、
きっと祖母も母もそう思っていたに違いない。
親戚が「このごぼう美味しい。」と言えば、
「それお婆ちゃん。」と母が言い、
「この椎茸美味しいな。」と言えば、
それ千秋ちゃん(祖母は母をそう呼んでいた)。」
と祖母が言う・・・という風にお互いを讃えていたのは、
慌しい年末を制した戦友といったところか・・・。
テレビでみる嫁姑戦争が嘘のようである。
地方によって差異はあるが、
おせちの食材は縁起を担いだものが多い。
蓮根は穴がいくつもあいていることから、見通しがきくように。
くわいは芽が出ていることから芽が出るように・・・。
と言った風にそれぞれ言われがある。
おせちも百貨店で買う時代。
ホテルや料理屋でも販売しているように、洋風のものから
中華風のものまで種類も豊富に進歩している。
確かに見た目も美しく、贅沢な食材も取り入れられ、
より美味しくなったと思う。
だが、私の中のおせちは昔ながらのおせち。
祖母と母から伝えられたおせち。
料理の基本と昔からの知恵が詰まっている。
新しいものも良い。
でも、自分の中だけのこの味を、
これからもずっと守り続けたいと思う。
投稿者: 岩もっさん 日時: 2009年01月20日 | パーマリンク | コメント(0) | トラックバック(0)


